旧冨澤家住宅 中之条ビエンナーレ2015

MOVIE

囲炉裏の音 (Sound of Irori) digest version 4.5min

 

 

 

 

 


PHOTO


旧冨澤家住宅 中之条ビエンナーレ2015
音楽 国広和毅
中之条音源収録・楽曲編集 三好由起
中継技術協力 東京大学
Radio  
前略、中之条より season 4 G★FORCE

Explanation during Exhibition period

富沢家住居の囲炉裏の中から「中之条の今の音」がライブで聞こえる。富沢家住宅の囲炉裏には、もはや暮らしのための火は入らない。その囲炉裏を囲み、かつて火をみつめたように「中之条の今の音」に耳を傾けたい。囲炉裏から天井へと延びる数本の「縦糸」がある。蚕から織物、過去から今を見つめてきたこの場所で、観賞者の方には、思い思いに「横糸」を重ねて欲しい。
Tsumuji(足湯)で音を公開モニタリングしています。貴方の声がこの作品を創ります。

We can hear ” the sound of today’s Nakanojo ” by live casting. from the Irori fireplace in the Tomizawa house. this house is old folk house. In this place, there is not a fire for livings anymore. Around the Irori fireplace where people ever sat, I want you to listen to it ” the sound of today’s Nakanojo ” There are several “warps” extending to the ceiling in the Irori fireplace. At this place that have seen a story of a silkworm and a textile and a story of the past living, We want to weave textile with a weft in our own way.
Monitoring is available to the public in Tsumuji. Your voice becomes this art work.

制作後記

 私が十代まで過ごした家や地域は、中之条に似ている部分がある。要するに田舎である。早々に故郷を捨て都会の暮らしを選んだ私に、ここで展示をする資格があるのだろうか。という自問をし、或いは言い訳にして、制作作業は時に停滞した。
 ここ冨沢家住宅では、制作作業中も観光客に会う。皆、懐かしみや畏怖を感じ、高い満足を得てここを後にしていく。その度に思うのである。私がこの場所に足すべきものは何もない。と。だが、決定的に足りないモノがある。住居としての使命である。ここに留まる人は居ない。観光で来た幼い子供が「この家にすみたーい」と自身の両親に繰り返した。親は子供に返答をしなかった。私は「(がんばれば)住めるよ」と子供に返してあげた。親の強い視線を私は無視した。
 私の固まっていた時間が少しずつ動き出したのは、近隣の冨沢さんご夫婦に、昔ながらの養蚕現場をみせていただいてからである。「昔ながらの養蚕」といっても昭和三十年代に確立した方式だそうで、養蚕など何百年も何千年も変わらないものかと思ったら、そうではなかった。冨沢家住宅にもその名残がある。
 冨沢さんのお住いも古い建築である。だが、ここ冨沢家住宅とは決定的な違いがあって、朝のテレビも点いているし、お勝手から炊事の音も聞こえてくる。インフルエンザのような気温の日、涼しい玄関の土間で冷たいキュウリを頂いた。「こういう家は気持ちいい」と冨沢さんがおっしゃった。
 もう一人の冨沢さんにも出会った。冨沢家住宅の近くの沢から自宅まで水を引くために、お一人で三年がかりの土木工事をされたそうである。言われてみれば、さかんに沢の音がする。冨沢さんは、現在、別の土地にお住まいで時々こちらの自宅に戻られるとのこと。今も水道管は現役だそうだ。水道管を通したと説明された場所はかなりの傾斜で、夏草が生い茂っていた。沢はフサフサの夏草に隠れて確認することはできなかった。
 さて、囲炉裏に置かれている二つの五徳についてふれたい。これらは私の生家の品である。冨沢家住宅の備品でも私の作品でもない。生家は三百年近く続いた禅寺で、新年の参拝者をもてなすために、住職が自ら一杯の煎茶を入れるのが恒例であった。住職であった父は、大きな火鉢に五徳を据え、炭をくべ、鉄瓶で湯を沸かし、お茶を入れた。今や寺はなくなり、程なく父も亡くなり、歴代の住職の行事も同時に終わった。五徳はその使命を終え、がらんどうとなった座敷の火鉢の灰に埋もれていた。「虫のいい話だがー」と(五徳に)声をかけ、私は灰だらけの五徳を中之条に運んだ。
 というわけで、五徳の機嫌が悪くなければの話になるが、五徳に手をかざすと中之条の音が中継される。かつて火にあたり、会話を楽しんだ場所で、中之条の今の音に耳を傾けて欲しい。五徳から手をはずすと、「囲炉裏の音」に戻る。この音の節々で、私が今冬からこの地で体験したことを、語り始めたら長くなる物語の一端を、初秋の冨沢家住宅の音とともに感じていただけた幸いである。

2015年9月 三好由起
作品パンフレットより